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史跡紹介

kiyosujyo 清州城

清州城天守閣
  • 観光情報
  • 史跡情報
所在地
〒452-0932
愛知県清須市朝日城屋敷1番地1
電話番号
052-409-7330
営業期間
公開:9:00~16:30
休業:月
休業:12月29日~12月31日
公式サイト
https://www.city.kiyosu.aichi.jp/shisetsu_annai/kanko_shisetsu_sonota/kiyosujo.html
お気に入り
城郭構造
平城
天守構造
不明 望楼型3重4階 1989年RC造模擬
築城
斯波義重
築城年
応永12年(1405年)
主な改修者
織田信長、織田信雄
主な城主
斯波氏、織田氏、豊臣氏、福島氏、尾張徳川家
廃城年
慶長15年(1610年)
遺構
移築現存櫓(名古屋城)、土塁

応永12年(1405年)尾張・遠江・越前守護の管領・斯波義重によって築城されました。
文明8年(1476年)に守護代織田家の内紛により下津城が焼失したことで、文明10年(1478年)に守護所が清洲城に移転そ尾張の中心地となりました。清洲織田氏(織田大和守家)の居城としてあり続けました。
弘治元年(1555年)に織田信光によって信友が殺害された後、信長が那古野城から移って大改修を加え居城としました。その後約10年間、清須は信長の居城として使われました。
天正10年(1582年)本能寺の変で信長が斃れると、清洲城にて清洲会議が行われ、城は次男・織田信雄が相続し、天正14年(1586年)に信雄によって2重の堀の普請、大天守・小天守・書院などの造営が行われました。その後、織田信雄、豊臣秀次、福島正則、松平忠吉、徳川義直などが城主となりましたが、慶長15年(1610年)より清須城下町が名古屋城下に移転(清洲越し)されると、清須城も名古屋城築城の際の資材として利用され、慶長18年(1613年)に名古屋城の完成と城下町の移転が完了したことにより廃城となりました。

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史跡「清洲城」の口コミ Googleの口コミより出力

  • 投稿者:玖渚直

    評価:5

    小さいけれど、天守閣があり、一番上には展望台があります。 名古屋市内ほどごちゃごちゃしていないので、眺めもなかなかいいです。 中にはいろんな展示があり、歴史好きには楽しいと思います。 清洲会議の舞台ですし。(あ、でも現存天守閣ではないけど) 1階にはきれいなトイレもあり、突然もようしても大丈夫です。(←経験済みな人w)

  • 投稿者:Hideo Shibata

    評価:4

    素晴らしく!シンプルなデザインのお城でした。 景観も良く!当時の将軍様も同じ景観を眺めていましたのですかね!😊 昔は電気水道、車も無く、静かな、天守閣からは、人の気配を直ぐに感じられたのですかねー!笑😊

  • 投稿者:Ryo Yasuoka

    評価:5

    織田家が居城していた頃の姿の資料はあまり残っておらず、現清洲城は様々な城を参考にして作られたお城とのこと。旧清洲城下は東海道線と東海道新幹線によって分断されてしまったようです。 ただ、展示されている内容はしっかりしており一度は訪れてもよい城かと思います。 目の前には東海道新幹線が通り、運が良ければドクターイエローもみることができますよ。

  • 投稿者:yoshi K

    評価:5

    織田信長ゆかりのお城。お城こそ現存ではないが信長の時代がよくわかるので、大変よかったと思います。信良塀や石垣の造りも勉強できました。追手門でのホラ貝、お城でのおじさんの説明温かみがありいい思い出になりました!

  • 投稿者:いなばうわぁ

    評価:4

    2022/7の土曜に訪問。 雨予報だからか、とても空いていました。 手前の赤い橋は千と千尋の湯屋の前の橋の題材になったとか聞いたこともあります(ホントかなぁ、とは思いますが) 入口に武将がお一人いて、この日は空いてて暇だからかたまにほら貝を吹いてたりしました♪ 入場料払って中へ。 中は土禁。スリッパに履き替えます。 平成築城(竹中工務店製)なのでとても綺麗です。 展示物や解説をのんびり見ながら1フロアずつ上がって行っても最上階まで30分もかからないでしょう。 展示物は大河モノが多く、役者が使用した衣装などが多く展示されてたりします。 天守からの眺めは名古屋らしいもの。「うわーすげー!」とはなりませんが、地元のあちこちがよく見えます。 休日のひと時を過ごすにはちょうどいい規模。 この辺りに遊びに来るのなら行程に入れてもいいと思います。1時間見込んでおけば十分です。

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清洲城(きよすじょう)は、尾張国春日井郡清須(現愛知県清須市一場)にあった日本の城。尾張国の中心部に位置し、一時期尾張国の守護所として栄え、京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所として重視された。  

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