銀閣寺は正式名称を東山慈照寺(じしょうじ)といい金閣寺と共に臨済宗相国寺の塔頭(たっちゅう)寺院であり、金閣寺を代表する「北山文化」と対をなす「東山文化」の中心であります。
とりわけ観音殿(銀閣・国宝)は有名で、白砂の砂盛り向月台(コウゲツダイ)と、波紋を表現した銀沙灘(ギンシャダン)とのコントラストがみどころかと思います。
また「古都京都の文化財」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されています。
Ginkaku-ji 銀閣寺(東山慈照寺)
史跡「銀閣寺(東山慈照寺)」のポイント紹介
- 「古都京都の文化財」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されている
- 銀閣は、金閣、飛雲閣(西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれている
- 臨済宗相国寺の塔頭寺院の一つ
- 銀閣寺の名は、江戸時代に金閣寺に対し銀閣寺と称せられたことに由来する
- 平安時代の中期に創建された浄土寺の跡地に室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された「東山殿」が後に慈照寺となった
- 造営が着手されたのは応仁の乱(1467-1477)後の文明十四年(1482)
- 義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられた
- 寺号ははじめ義政の院号慈照院殿に因み当初慈照院と称したが翌年慈照寺と改名された
- 義政の死後(1490)、遺命により夢窓国師を勧請開山とし禅寺に改められた
- 室町幕府の末期、天文十九年(1550)に三好長慶と十五代将軍義昭との戦いが慈照寺の周辺で展開され銀閣と東求堂とを残し悉く焼失した
- 江戸時代の初期慶長二十年(1615)に宮城丹波守豊盛による大改修がなされ今の銀閣寺が形作られた
- 銀閣寺は大文字山の麓にありお盆の八月十六日の夜に点火される送り火で知られている
- 前面には哲学者西田幾多郎が思索の場として散策した哲学の道があり桜や蛍の名所でもある
- 特に観音殿(銀閣・国宝)は有名で一層は心空殿(シンクウデン)、二層は潮音閣(チョウオンカク)と命名された
- 鹿苑寺の舎利殿(金閣)、西芳寺の瑠璃殿を踏襲してつくられ、唯一現存する室町期の楼閣庭園建築の代表的建造物となっている
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史跡「東山慈照寺」の口コミ Googleの口コミより出力
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投稿者:Tokio Matsunaga
素晴らしいの一言。 当時を偲ばせる佇まい。 本堂や東求堂、銀閣も素晴らしく、室町時代当時から残っている建物は本当に国宝であるに値する。 世界遺産となり、ますます外国からの観光客が多いが、これを見たら古い時代の日本文化が分かってもらえると思う。 さらには庭づくりの素晴らしさ。どこを切り取っても美しい。被差別民による庭だと伝えられているが、これだけの庭を作れるその技術は本当に素晴らしい。 当時の日本人も今の日本人ももっと尊敬するべきだと思う。尊敬こそあれど、差別にはならんだろう。 庭を上り、上から見下ろす銀閣もまた素晴らしい。遠くに街も見下ろせ、北の方にある山には、広島の被ばくアオギリ2世を見ることができる。 当然、ここを毎日掃除・管理する人がいて今も引き継がれているわけであって、いろいろな人への「感謝」を感じられる歴史的建造物である。
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投稿者:中村勝
誤字を直したのと追記有ります❗),、 始めてここに来たのは小学生のときでした。 ここの前に金閣寺に行ってから、来たので、(えっ、銀色じゃない、ただの木の色やん)と正直思いました❗ 全然きらびやかでなく普通の建物なので、がっかりした覚え有ります❗ でも大人になってからは、印象全然違いました❗ 絢爛豪華じゃないけど、静かな凛とした、他の建物に見られない,なんとも言えない美しさがあり、また回りの庭と相まって、本当の日本の奥ゆかしい佇まいがそこにありました❗本当に心から感動しました。 色々飾りたてるのも良いと思いますがこれこそ日本の美の代表の建物だと思います❗ 枯山水の庭もとても風情あり好きです\(^-^)/ ちなみに銀閣寺じゃなく、寺は入れずここの名前は本当はと言います❗ 追記です✨)友達が今来ているのですが、銀閣を見るのが、一番楽しみだといっています❗何だか此の言葉嬉しかった(* ´ ▽ ` *)ノ皆金閣寺の方が見たいと言うのに,,,,明日雨の中、此処と晴明神社行こうと思います🎵 またまた追記です! この間行ってきました(^_-) やっぱり 風情があり、侘び寂びの世界がありました(*^^*) 今日用事がありこの辺りを通ったのですが、コロナの為か人通りが思ったより少ない(^。^) みんなちゃんと自粛してるんや(^_^)v 偉いなあ日本人(^ム^) 終息したら 銀閣寺に侘び寂びを観に行きたいな(*´∀`)
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投稿者:Sachiko Nagata
室町幕府八代将軍 足利義政の世界感が詰込まれた銀閣寺。季節の移り変わりを楽しむ花々が植えられ、紅葉樹や常緑樹が鮮やかに彩る庭。花頭窓からの景色は当時の歌人、茶人、絵画や陶芸を愛する友人が感性を広げたことだろう。青々とした苔も見事に維持され梅雨の時期は青もみじと苔で青の世界を楽しもう。わび・さびに心落ち着く空間がそこにある。 (現在、私の閲覧ランキングでトップです!)
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投稿者:es345 “Not Gibson Memphis”
庭園が素晴らしい。観光中も多くの庭師さんが清掃や剪定をされていて、この日本庭園は自然そのものでも何でもない「計算され、手間をかけられた管理された自然」なんだけど、それがとにかく美しい。 数百年前からあるお庭が、今も美しく管理されていて、地元の人だけでなく自分のような旅行者の心を癒やしてくれるという事に、真の豊かさを感じました。入場料も、この維持に使われると思えば全然安いです。
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投稿者:まーくん
建物もそうですが、この庭園の美しさを維持するのはどんだけ大変なんだろうと思いました。生えている事を許された草木以外一切ないと思える程管理されています。そしてまるで雇われてんじゃないかと思うような完璧なタイミングで飛んで来る虫達も、共に素晴らしい空間を演出してくれます。究極の美とか侘び寂びだとかなんだとかそんなのを堪能できます。
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慈照寺(じしょうじ)は、日本の京都市左京区銀閣寺町にある臨済宗相国寺派の寺院。大本山相国寺の境外塔頭。山号は東山(とうざん)。本尊は釈迦如来。観音殿(銀閣)から別名、銀閣寺(ぎんかくじ)として知られている。正式には、東山慈照禅寺(とうざんじしょうぜんじ)と号する。開基(創立者)は足利義政、開山は夢窓疎石とされているが、夢窓疎石は実際には当寺創建より1世紀ほど前の人物であり、勧請開山である。
「古都京都の文化財」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されている。銀閣は、金閣、飛雲閣(西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれる。
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