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史跡紹介

Toji - kyoogokokuji 東寺(教王護国寺)

東寺(教王護国寺)
  • 史跡情報
山号
八幡山
院号
祕密傳法院
宗旨
真言宗
宗派
東寺真言宗
寺格
総本山
本尊
薬師如来(重要文化財)
創建年
延暦15年(796年)
開基
桓武天皇
正式名
八幡山金光明四天王教王護國寺祕密傳法院 彌勒八幡山總持普賢院
別称
左大寺

東寺の歴史は古く平安遷都と共に建てられたふたつの官寺のひとつとして羅城門の東に建立されました。
もう一つの西寺は今は史跡跡だけが残されていますが、東寺は1200年以上たった今も立ち続け、特に五重塔は京都のシンボルとして今に伝わっています。
平安遷都と共に王城鎮護の寺として建てられた東寺ですが、後に空海が密教を携えて帰国すると、嵯峨天皇は空海に東寺を下賜し、以降この寺は真言密教の根本道場となりました。
そして現在「古都京都の文化財」として世界遺産に登録され今日に至っています。
見どころは五重塔で約55メートルの高さをもつ日本で最も高い木造建築です。過去落雷などで4度消失しましたが、そのたびに修復され、現在は徳川家光の寄進により建てられた江戸時代前期の塔の姿です。
また、桜・紅葉の季節には特別公開のライトアップも行われ見ごたえがあります。

史跡「東寺(教王護国寺)」のポイント紹介

  • 身は高野、心は東寺に納めおく、大師の誓いあらたなりけり

    Kobo Daishi (Taisanji Matsuyama)

    Anonymous Kamakura-period artist, Public domain, via Wikimedia Commons

    これは東寺に伝わる弘法大師空海の御詠歌として知られるものです。新たに開かれた高野山へ身を移すときに読まれた歌と伝わっています。
    もともと国家の公式な寺院として建立された東寺はこの空海と深い関係にあり、建立からわずか27年後には嵯峨天皇より空海に下賜され、以降は密教の根本道場となりました。
    弘法大師空海は四国の讃岐の国(香川県)の豪族の子に生まれました。幼名は真名。都に出て学問にはげむものの、将来の生き方に悩み『聾瞽指帰(ろうこしいき)』を書して出家します。24歳の頃です。その後、私度僧として修業に明け暮れる空海は久米寺の東塔にあった密教経典の『大日経』を知り、その奥義を学ぶため遣唐使船で唐にわたる決意を固めます。
    延暦23年(804年)、16年ぶりの遣唐使船には後に天台宗の開祖となる最澄も乗り込んでいました。
    唐にて空海は密教の正式な後継者である恵果の弟子となり、すぐに灌頂をうけて真言密教の第八祖となり帰国しますが、空海が持ち帰った本格的な密教の教えはやがて宮中でも評判になり、桓武天皇の次の嵯峨天皇の庇護を得て、東寺を与えられました。
    また後白河法皇の皇女である宣陽門院に至っては霊夢のお告げにより、莫大な荘園を東寺に寄進するなど栄えます。「生身供」(空海が今も生きているがごとく毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのもこの宣陽門院であり、それは現在までも続いています。

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    史跡「東寺」の口コミ Googleの口コミより出力

    • 投稿者:もんぴぃ

      評価:5

      今回✨とても天気が良き感じで良かったです。 東寺のシンボルタワーも天に向かって🎵 とても素敵です。 ハッキリ😹 マジ 凄ぃですね⁉️ いったい 当時 そんなに~何も 高さから見た 京都市内 絶景ですよね。 いろいろな 法仏たちも ちゃんと立派な マイホームに佇まいながら 自分の生きている時間軸を とても大切に して生きたいと感じました。 やはり~🐈 京都の東寺 当時から外せない 間違いない場所ですね。 また期待ですww

    • 投稿者:高田裕志

      評価:5

      高さ日本一の五重塔、京都駅からすぐ。新幹線が駅に滑り込むと真っ先に目に飛び込んできます。こういうメジャーな所って、避けがちになりませんか?有名なので行ってはみたけれど、ちょっとね…。そんな観光地が、結構あるものです。 でも、ここは違います。五重塔や金堂、不動明王、帝釈天等々国宝や重文ののオンパレード。講堂の立体曼陀羅には、圧倒されます。さすが世界遺産ですね。 さらに、塔中・観智院の庭も見事。客殿には宮本武蔵筆の「鷲の図」「竹林の図」があります。宮本武蔵の緊張感と「長者の庭」の静けさが不思議に調和しています。

    • 投稿者:やなぴ

      評価:5

      夜桜ライトアップイベントをやっており、平日にも関わらずそれなりに混んでいた。桜と五重塔が見事にライトアップされており季節感を感じる演出をしている。金堂と講堂も見学でき、夜の薄暗い中にある薬師如来像などは荘厳だった。 写真では感じられない生の空気感を味わったほうがよい。

    • 投稿者:すがり通り

      評価:5

      夜桜がとても綺麗なお寺だった。知り合いにチケットをもらって、妻と一緒に訪れました。まず驚いたのは夜桜を見にきた人の行列でした。道路の方までびっしり並んでいましたし、数年後通りかかった時も夜桜の時期に行列ができでいました。夜桜を見に行かれる方は早めに行かれた方が良いと思います。あと、骨董フリーマーケットをやっています。こちらのフリーマーケットも掘り出し物たくさんでとても楽しめました。特に着物を取り扱ってる店は色々おしえてくれるので良いです。丈を調整してくれる店も紹介してくれます。

    • 投稿者:藤田大輔

      評価:5

      40年ぶりの訪問です。世界遺産で国宝の五重の塔、やはり壮大です。木造建築では世界最大なのですね。改めて勉強になります。そして、不二桜。種類は紅枝垂れ桜のこと、弘法大師縁の和歌山から平成18年に移植されたようです。見事な枝振りの桜です。今回はこの二つの夜間特別ライトアップを拝見のため訪問しました。桜は花の時期には間に合いませんでした。しかし、葉桜の時期でも風情があり、夜空に煌めく葉と名残の桜が素敵でした。五重の塔、金堂といった建築物も昼間には無い荘厳さを感じられました。夜間ライトアップは、まだまだ続きますので、是非訪問ください。

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    東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある、東寺真言宗総本山の日本の仏教寺院。山号は八幡山。本尊は薬師如来。真言宗の根本道場であり、教王護国寺(きょうおうごこくじ)とも呼ばれる(名称については「寺号」の節を参照)。寺紋は雲形紋(東寺雲)。食堂(本尊・十一面観音)は洛陽三十三所観音霊場第23番札所。

    創建由来は、平安京鎮護のための朝廷の官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。このため国宝や重要文化財を含む文化財が多数残る。明治維新まで、東寺の長官である4人の東寺長者は真言宗の最高位であり、中でも長者の筆頭である東寺一長者は律令制における仏教界の首座である法務も兼任する慣例だった。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。1934年(昭和9年)に国の史跡に指定、1994年(平成6年)12月には「古都京都の文化財」の構成資産として世界文化遺産の一つに登録された。

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